デニムを知る事=ファッションを知る事

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ファッションとは、常に時代を映す鏡の様な物と言えるでしょう。その時代時代によって様々な流行が生まれては消えてを繰り返しています。

そんな嵐の様に日々目まぐるしく変化するファッション業界において、時代の流れに流される事なく常に不動の地位と人気を集め続けるアイテムがあります。

それはデニムです。

デニムはファッションを語る上では外す事のできない重要なアイテムである事は周知の事実である前に、全ての人にとって、無くては困る生活の一部の様な存在なのではないでしょうか。

デニムの発祥

デニムとは、鉱山で働く男達の作業着として産まれました。ゴールドラッシュで湧く北米では、多くの男達が鉱山で働いており、そこで働く男達の悩みの種は過酷な労働のせいで、パンツがすぐにボロボロになってしまう事でした。

そこに目を付けたのが、現在でも衰える事なくファッションシーンを常にリードするリーバイスである。

本来、馬車の帆布として使用されていた頑丈なキャンパス地を使用し、銅リベットでポケットの両端を補強した作業用パンツを発売しました。これが鉱夫達の間で話題を集め、瞬く間にヒット商品となった。

ファッションとしてのデニムの浸透

デニムがファッションとして、大きな注目を集めるきっかけとなった映画がある。

1953年に上映された『乱暴者』で主演のマーロン・ブランドがリーバイス501xxを着用する。

1955年に上映された『理由なき反抗』でジェームズ・ディーンがLee RIDERS101を着用する。

この日本の映画が当時の若者達に対して大きな影響をもたらすこととなり、当時の米国では『反抗的な若者の象徴』となり、不良少年達のマストアイテムとなった反面で、着用そのものを禁止するキャンパスも多くあったという。

現在でこそカジュアルウェアとして根強く浸透したものの、格式の高いパーティーなどではデニムの着用を禁止とされることがしばしば見受けられる。

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日本におけるデニムの繁栄

日本においてもデニム文化は深く根付いており、国産のデニムの生産の発祥は、現在においても国内生産のトップを走る岡山県である。

日本最古のデニムメーカーは、1958年に岡山県倉敷市児島のマルオ被服(現:ビッグジョン)が生産をスタートさることとなる。

ちなみにビッグジョンというブランド名の由来にはクスッと笑えるエピソードがある、当時の日本人がアメリカ人に抱いていたイメージは背が高く、ジョンという名前が多い事からビッグジョンと名付けられました。w

そもそもなぜ岡山県でデニムの生産が普及したとかというと、岡山県は江戸時代から綿を中心とした繊維産業で栄えており、その環境がデニム生産においてベストな環境だったと言えます。

現在においても、受け継がれる伝統の技を大切にしながら高品質なデニムが日々生産されており、その評価は海外でも高い評価はを受けており、海外の大手デニムメーカーが岡山でデニム生地を買い求め、自国にて縫製を手がけるなど、世界からも最高評価のクオリティーと絶賛されている。

日本いや、世界の『岡山デニム』はデニムの聖地と呼ぶにふさわしい場所と言えるだろう。

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